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忽那賢志がコロナ禍の情報発信に抱いた危機感 
科学的根拠なき発信をいかに見分けるか

公開日:2021年3月14日

忽那 賢志(くつな さとし)

国立国際医療研究センターに勤務する感染症医。医療者向けメディアや「Yahoo!ニュース 個人」などで感染症に関する情報を精力的に発信している。2020年以降は新型コロナウイルス感染症の流行を受け、その発信が注目を集めている。

日本社会全体が新型コロナウイルス感染症に翻弄された2020年。テレビやWEBを通して積極的に情報発信を行い、社会全体の新型コロナウイルスに関する知識およびリテラシーの向上に貢献したのが、感染症医の忽那賢志さんだ。

2020年1月から現在に至るまで週に数回のペースで記事を書き下ろし、継続的に新型コロナウイルス感染症の最新情報を発信している忽那さん。コロナ禍以降、世間の感染症への関心が高まるにつれ、自らの発信が想像以上に多くの人へ届くようになった。その発信についてまわるネガティブな反応に心が折れそうにもなったが、インターネットならではといえる奇跡的な邂逅(かいごう)に救われたこともあったという。

世間の新型コロナウイルス感染症への関心の高まりは、市井の人の感染症に関するリテラシーを飛躍的に向上させた一方で、不正確な情報や誤った情報が急速に拡散して社会に影響を及ぼす「インフォデミック」を起こし、影響力を持った人が科学的な真偽を疑われる情報発信をしてしまうなど、正と同時に負の側面ももたらした。

WEBでの医療情報発信の未来や、正しい情報を見極める方法、新型コロナウイルス感染症の今後の見通しについて、今思うことを忽那さんに聞いた。

自身の発信に対するネガティブな反応に「心が折れそうになった」

――忽那先生は、2020年からインターネットで新型コロナウイルス感染症に関する情報発信を精力的に行われています。その発信が今まで以上に注目されるようになったと思いますが、身の回りに変化はありましたか?

「Yahoo!ニュース 個人」で情報発信をするようになったのは、新型コロナウイルスに注目が集まる半年ほど前からです。医療従事者向けの雑誌などで記事を書く機会はそれまでもありましたが、一般向けにも記事を書きたいと思っていたので、いい機会をいただいたな、と。感染症は人から人にうつる疾患です。広く発信することで、人の行動を良い方向に変えられればいいなという思いがありました。

感染症の流行が深刻になってからは、自分の記事を読む人が飛躍的に増えました。書いたものをたくさんの人に読んでいただけるのはありがたいことです。反響も大きく、病院の職員や患者さんに「いつも見てますよ」と声を掛けてもらうなど、嬉しい変化がほとんどでした。新型コロナウイルス感染症に関する取材依頼をたくさんいただくのですが、これはYahoo!ニュース 個人で発信していたからという理由もあるんじゃないかな、と思っています。

ただ、読む人が増えたことで、ネガティブな反応をしてくる人も増えてしまって。それまでは情報発信していて嫌な思いをしたことはほとんどなかったのですが、記事のコメントやSNSで攻撃的なコメントが寄せられたりしたのはつらかったです。コロナ禍で心がすさんでいる方がいたのかもしれません。

Yahoo!ニュース 個人の記事には自分の連絡先を載せていて、意見があれば僕のところへ直接連絡できるようにしているのですが、勤務先に怒りのお電話をいただくのはさすがに参りましたね。

――Twitterも一時期やめられていましたが、それもネガティブな反応に疲れてしまったことが原因でしょうか?

はい、いわゆる「クソリプ」が続いて疲弊したので、2020年3月にTwitterをやめることにしたんですよ。でも、その数週間後に奇跡的な出来事が起こり、復活しました。

『3月のライオン』(白泉社)などで知られる漫画家の羽海野チカ先生が、自分が大学生の頃に書いていたブログを読んでいたそうなんです。新型コロナウイルスに関する取材でメディアに出た自分を見て、羽海野先生が「この人が、あのブログを書いていたお医者さんなのでは?」と気づいてくださったんですよね。そして、そのときの気持ちをまとめたツイートが自分のところにも届いて。

僕自身が羽海野チカ先生の作品の大ファンだったので、この出来事はものすごく嬉しかったです。この頃は心が折れそうな日々が続いていましたが、最後までがんばろうと思えました。

このとき羽海野先生に「何かして欲しいことは?」とおっしゃっていただいたことをきっかけに、手洗いを啓発する3姉妹(『3月のライオン』の登場人物)のイラストなどを描き下ろしていただきました。Yahoo!ニュース 個人で、このイラストを掲載したいがために書いた記事もいくつかあります。

そんな経緯でTwitterに戻ってきましたが、今もリプライは一切見ていません。良い反応をしてくださっている方がほとんどなんだろうとは思うのですが、嫌な反応を見るとやはり傷ついてしまうので。Twitterは発信のみとなっていますね。

感染症に関する発信者が増え、抱いたインフォデミックへの危機感

――社会的に注目度が高いこともあり、忽那先生のように感染症を専門とされる方以外にも、多くの方が新型コロナウイルス感染症に関する発信・発言を行っています。他の方の情報発信を見て、何か思うところはあったでしょうか?

世間的な感染症への関心が高まるのと同時に、感染症に詳しくなくても影響力のある人が無責任な情報発信をするケースを目にするようになりました。とても心配になる状況です。

夏から秋にかけて起きた第2波のときには、「新型コロナウイルス感染症の致死率はかなり下がっているのは、ウイルスは弱毒化したからだ」といった意見が散見され……。このときは、すぐに訂正目的の記事を書きました。世論が良くない方向に流されてしまうのが不安だったんですよね。

発言は自由だとは思いますが、責任が伴うべきです。科学的に正しくないことを喧伝されてしまうと、日本社会が間違った方向に進んでしまう可能性があります。想像ではなく、必ず科学的根拠のある発信をしてほしいなと思います。

――その一方で、今回の新型コロナウイルス感染症は未知の部分も多く、たとえ医師であっても「科学的根拠に基づいた、正しい情報発信」をされているとは限らない場合もあると聞きます。

実際に、僕が信頼していた先生が「あれ?」と思う発言をされていたりして、驚くことも少なくありません。医師であっても、未知の出来事に混乱し、追い詰められた結果、科学的に正しくないことを発信してしまうケースもある。それだけ、現在は大変な状況なんですよ。

一方で、感染症の専門家ではないけれど、核心をつく発信をされている方もいます。ですから、専門家ではなくても、科学的なプロセスを踏めば、正しい情報発信はできるはずなんです。

感染症の話題が良い意味でも悪い意味でも身近になったことで、医療情報そのものへの関心も高まっているのだと思います。「PCR検査」なんていう言葉をほとんどの人が知っている状態になるなんて、まったく予想できなかったですから。

――世間の感染症に関するリテラシーが、ここまで高まったのは驚くべきこと、という印象ですか?

そうですね。これは、基本的には喜ばしいことです。予防の意識が高まったこともあるし、感染対策を正しく知る機会も増えたと思います。

新型インフルエンザが流行した10年前と大きく違うのは、今の方が、インターネットがはるかに普及していることですね。情報収集には困りませんが、大量の情報が出回るために、不正確な情報や誤った情報が急速に拡散して社会に影響を及ぼす状況、つまり「インフォデミック」が起きるという課題もあります。

ここで必要になってくるのが、「誰が正しいことを言っているのか」を見極める目ですが、そこが難しいんですよね。

特定の個人の発信を鵜呑みにせず、俯瞰的な情報収集を

――どうやって正しい医療情報を届けるか。逆に読者の側も、ノイズに惑わされず、いかに正しい情報を収集するかは、医療情報の発信にともなう永遠の課題ですね。

理想的には、政府が正しい情報を発信する専門の部署を作って、「ここが出す情報なら間違いない」みたいな風潮ができればいいんですけどね。今は半分ボランティアの形で情報発信している一部の医療従事者に助けられている状況ではないかと思います。正しい情報を、継続的に出すには、やはり専門の公的機関が必要でしょう。

一方の読者側は、このコロナ禍で専門家や発信者をフォローして、直に情報を受け取る人が増えたように思います。「この人の発信であれば信頼していい」ということだと思うのですが、いま科学的に正しい発信をしている人であっても、今後も正しい情報を発信し続ける保証はありません。実際、影響力が増した人が極端な情報発信をするように変わっていってしまうケースも見てきました。情報収集の場所を1つに絞るのは得策ではありません。

ですから、特定の個人が発信する情報を鵜呑みにするのではなく、信頼できる複数人の発信を追うようにして、俯瞰的に情報収集する。そうすれば、誰か1人が外れたことを言い始めたときに何となくどちらが正しいか分かるようになります。専門の公的機関がない現時点では、おすすめの方法だと思います。

ウイルスとの戦いが続く現在は、皆さんにとってはもちろん、情報発信を行う医療従事者にとっても苦しい状況です。気をつけてはいますが……僕だって、いつ極端な発言をしたり、非科学的なことを言い出したりするかわからないんですよ。僕も含めて、科学的な情報発信をし続けられているのか、読者のみなさんに評価してもらう必要があるでしょう。

――先生ご自身の発信は、今後どうなっていくでしょうか?

僕は当面、新型コロナウイルスワクチンの話題を書いていくつもりです。このワクチンについての論調がどうなっていくか。ここが日本における新型コロナウイルス感染症の状況に大きく影響するでしょう。いつまでこの生活様式が続くのかも、日本におけるワクチンの接種率と、持続効果によって決まってくると思います。

ただ、集団として目に見えてワクチンの効果が出てくるのはかなり後になります。ワクチン接種のスケジュールにもよりますが、今年中に効果が出てくるかは微妙なところです。

変異株ではない、従来の株であれば基本再生産数が2〜2.5程度ですから、人口の60~70%がワクチンを接種すれば集団免疫を獲得できる可能性があるといわれています。ワクチン接種において先行しているイスラエルなど、海外のデータを参考にしながら、進めていくことになるでしょう。

その間に、ワクチンの副反応を過剰に報道するなど、ネガティブな情報発信が増えてワクチン接種が日本だけ広がらなかった、なんていう事態になれば、世界から日本だけ取り残される可能性もあります。この時代に情報発信をしている感染症医として、新型コロナウイルス感染症については、行く末を見守りたいと思っています。

今はたくさんの人が感染症に興味を持っている状況なので。新型コロナウイルス感染症が落ち着いたら、風疹やHPV(ヒトパピローマウイルス)感染症など、コロナの話題以外のことも発信したいと思っています。

まぁ僕なんかは、もともとダニを追いかけていたようなマニアックな人なので(笑)。文章を書くのは好きだから、今後も発信は続けていくと思いますが……新型コロナウイルス感染症がおさまれば、いち医師に戻っていくんだろうな、と。

ほとんどの方が「コロナの情報を発信する医師」としての僕しかご存知ないと思うんですが、ふだんの僕は、同郷である松尾スズキさんとか、リリーフランキーさんみたいな、もう少し砕けた感じの文章が好きなんですよ。

今はふざけている場合じゃないので、真面目なテイストで記事を書いていますが、いつかは本来のゆるい雰囲気の発信を皆さんに読んでもらいたいですね。

取材・文:増谷 彩 編集:伊藤 駿(ノオト) 撮影:小野 奈那子

忽那 賢志(くつな さとし)

1978年生まれ。山口大学医学部卒業。2012年から国立国際医療研究センター国際感染症センターに勤務。感染症の中でも新興再興感染症、輸入感染症を専門とし、水際対策の最前線で診療にあたっている。代表的な実績として、日本初の回帰熱症例の診断や、これまでに日本で診断されたジカ熱の輸入例のうち最初の3例の診断などがある。医療者向けメディアや「Yahoo!ニュース 個人」などで感染症に関する情報を精力的に発信している。
Yahoo!ニュース 個人「忽那賢志」記事一覧

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